
今週、SEC(米国証券取引委員会)は、長らく予告されていた「イノベーション免除」のリリースを急遽延期しました。これは、Nasdaq、NYSE、Cboeのリーダーが非公開会議で、この枠組みに強く反対したことを受けたものです。この免除は、米国内企業がトークン化された証券(トークン化株式を含む)を、SECの完全な登録要件なしに12〜36ヶ月間発行・取引できるサンドボックスを設けるものです。SECのポール・アトキンス委員長は数週間前、「間もなく」導入されることを示唆していましたが、2026年5月26日時点で新たなスケジュールは発表されていません。
政策自体が変わったのではなく、規制されている株式市場を運営する取引所側の反対を押し切ってこの枠組みを導入できるという前提が崩れたことが延期の背景です。本記事では、免除制度の目的、反対した関係者、そしてRobinhood、Coinbase、Bitwise、Ondo、Securitize、Backedといった企業への影響について解説します。
イノベーション免除の目的とは
イノベーション免除は、アトキンス委員長の1年目の主要施策でした。これは、米国内の暗号資産関連企業に対し、トークン化証券(トークン化株式、マネーマーケットファンド、米国債、特定のオンチェーン債券等)の発行・保管・二次流通において、証券法および取引所法の完全な登録義務から、条件付きで12~36ヶ月間免除されるという内容でした。期間中は必須の情報開示、ブロックチェーン上での取引報告、発行規模に応じた段階的な参加基準が設けられます。
現在、トークン化株式の多くは海外で流通しています。Backed FinanceのbSTOCKはSolana上にて米国外の発行体を通じて取引され、Bitfinex Securitiesはエルサルバドルからトークン化株式を上場しています。SECは、米国での免除措置がなければ、米国の発行体がこの分野の事業を海外で継続し、米国リテール投資家は海外経由でしかトークン化株式へアクセスできないと指摘。そのため、この免除は国内でこうした活動を行えるようにする試みでした。
Robinhood、Coinbase、Bitwise、Ondo Finance、Securitize、dWalletなどは、2026年の免除制度実現を前提に商品開発を進めていました。Robinhoodは2025年6月にEUでトークン化米国株をローンチし、これは米国版展開の試金石とみなされていました。Bitwiseもトークン化株式ETFの申請を行っています。
今週反発した関係者とその理由
今回の反対意見は、いわゆる暗号資産批判派ではなく、米国株式市場そのものを運営する機関側から出されました。
複数の報道によると、Nasdaq、NYSE、Cboe Global Marketsの幹部が、リリース直前にSEC上級職員と会談。取引所側は、「免除案のままでは、すべての株式取引所が従うNational Market System(NMS)規則を回避した並列的な取引所ができてしまう」と主張しました。これにはRegulation NMSの注文保護規則、Consolidated Audit Trail(CAT)報告、FINRA会員監督、小口投資家の注文を最良価格に導く義務などが含まれます。
取引所側の主張は、「トークン化株式自体の存在を否定するものではない」が、「同じ発行体株式が異なるルール下で取引されると流動性が分断され、小口投資家が不利になる恐れがある」という点です。例えば、Apple株がNasdaqでNMS規則下にある一方、トークン化Apple株がブロックチェーン取引所で免除下にある場合、急激な相場変動時に価格乖離が発生し、小口投資家の注文が不利な側に流れる可能性があります。これを「二層市場」問題と呼びます。
JPMorgan、Citadel Securities、SIFMAも、以前から同様の懸念を表明。Citadelは「トークン化株式も既存の市場構造に組み込むべき」と訴え、SIFMAは「米国人向けに価格提示する場合、必ず証券取引所または代替取引システム(ATS)として登録すべき」と求めました。取引所CEOからの直接的提言と、免除案に詳細な市場構造付録が欠如していたことが、延期の決定打となりました。
市場構造上の具体的懸念点
今回の延期を招いた主な懸念は次の4点です。
流動性の分断:取引所側は、トークン化株式の取引量が増えると、NMS市場とブロックチェーン市場で板が分かれ、スプレッドが拡大し、ナショナルベストビッド・オファー(NBBO)としての信頼性が損なわれると警鐘を鳴らしました。
監視ギャップ:NMS取引所はすべての取引・注文をCAT(Consolidated Audit Trail)に報告していますが、免除下のブロックチェーン市場には現状その義務がありません。取引の一部がCAT外で行われれば、フロントランやスプーフィング、不正な取引の発見が難しくなります。
リテール保護:NMS枠組みでは、注文保護・最良執行義務・注文フロー開示などが求められますが、トークン化株式市場は免除期間中これらの規則を当然には継承しません。取引所側は「登録ブローカー経由で買う場合と同じ保護が、DEX等でのトークン化株式売買には存在しない」と指摘しました。
時間外取引の問題:上場株式は9:30~16:00(米東部時間)まで規制下で取引されますが、トークン化株式は24時間365日取引可能です。上場市場の価格が取得できない時間帯が16時間存在し、その間に基準価格なしで取引が行われる点も問題視されました。
取引所側は、免除制度自体の廃止を求めているわけではなく、「トークン化株式の取引所にも、NMSの仕組みや規則の適用、またはATS登録義務を課すべき」としています。これは草案よりも重い要件です。
トークン化株式発行企業パイプラインへの影響
今回の延期は企業ごとに影響が異なります。免除を前提にしていた企業は計画延期を余儀なくされる一方、海外発行体はそのまま事業継続となります。
RobinhoodはEUでのトークン化株式サービスが既に成果を上げており、米国展開もこの免除が条件であると公に説明してきました。延期により、米国版は早くても2027年以降となる見込みです。Coinbaseのトークン化株式事業は初期段階であり、他収益源も多いため直接的な影響は小さいです。Bitwiseのトークン化株式ETF申請は別の規制ルート(Investment Company Act)で進められているため、リスクは限定的です。
Ondo、Securitize、dWalletは中間的な立ち位置です。Ondoのトークン化国債商品は免除不要ですが、株式分野への展開には免除が必要です。Securitizeは、当初の枠組み下でトークン化米国株の発行パイプとして想定されていましたが、現状は国債・プライベートクレジット事業のみ継続となります。
Backed Financeなど海外発行体は、bSTOCKトークンがスイス発行・EU流通で米国人勧誘を明確に避けており、「免除があれば国内でも可能になったはずの事業」が依然として海外でしか行えません。SECの仕組みが完成しない限り、グローバルなトークン化株式需要は規制競争の少ない海外に流れ続ける現状です。Phemexは、Nasdaqのトークン化株式に関するSEC計画や、SECのトークン化サンドボックス解説 でこの構造を以前から取り上げてきました。
今後の見通し
SECは新たなスケジュールをまだ公表していません。公開情報やアトキンス委員長・SEC職員のコメントによると、今後は以下の3点が並行して進む見込みです。
市場構造付録を追加した免除案の再策定。最も議論されている案では、トークン化株式取引所が米国人に価格提示する場合、ATSとしての登録や、NMS認定取引所経由での価格発見ルート義務、または両方を要件化。これは取引所側の要望に沿うもので、元のサンドボックスよりも重い規制になります。
意見募集の幅を拡大。当初は暗号資産業界の弁護士中心でしたが、再草案では上場取引所や株式マーケットメーカー(Citadel、Virtu、Jane Street、Susquehanna)から直接意見を集めています。
政治日程も重要です。アトキンスSECは今後2年で主要政策を仕上げる必要があり、3〜4四半期の遅延は他の法案・新規ETF・ステーキング規制等と競合します。免除制度自体が廃止される可能性は低いものの、当初想定とは異なる形で導入されるリスクがあります。
よくある質問
なぜSECは直前で免除制度を延期したのか?
最大の理由は、Nasdaq・NYSE・Cboe幹部が5月末の会議で直接懸念を示したためです。並列市場化・NMSやCAT報告、リテール保護規則の回避につながる点を問題視し、SECはこれに配慮して延期しました。
これで米国のトークン化株式は終わりなのか?
いいえ、規制下でのサービスが延期されるだけです。既にBacked Finance等の海外発行体が米国外向けにトークン化株式を提供しており、免除制度はそれを米国内で許容する道筋でした。枠組みが未完成の間、米国内での新規展開は保留となり、海外発行体が市場を維持します。
RobinhoodやCoinbase、Backed Financeへの影響は?
Robinhood・Coinbaseは2026年施行を前提に開発していたため、米国ローンチは2027年以降に延期。Bitwiseは異なる規制ルートのため影響は限定的です。Backed Finance等海外組は2027年まで規制下の米国競合が現れないため有利な状況が継続します。
SECはいつ新たなスケジュールを示す?
2026年5月26日時点で公式発表はありません。最も有力な見通しは、今後1〜2四半期で市場構造付録を盛り込んだ再草案を公表・パブリックコメント募集。その後、アトキンス委員長による講演で具体的な時期が示される可能性が高いです。
まとめ
イノベーション免除は本来、トークン化米国株をSECの条件付き監督下で国内に取り込む仕組みでした。今週、上場取引所側は「現状の草案では市場構造上の要件が不十分」と主張し、修正が進められることとなりました。枠組み自体は存続しますが、NMSやATS登録等を要件とするより厳格な制度へ改定される見通しです。
今後注目すべきは、アトキンス委員長による新たなスケジュール発表、取引所側からの修正提案書、RobinhoodやCoinbaseの決算説明会での時期言及などです。それまでは、トークン化米国株は海外で流通し、国内新規展開は停滞、Backed Finance等が唯一の実需提供者である状況が続きます。
本記事は情報提供のみを目的としており、投資助言ではありません。暗号資産取引にはリスクが伴います。投資判断は必ずご自身で調査の上ご検討ください。






