エグゼクティブサマリー
過去10年、世界の金融市場の進化は、ブロックチェーンによる伝統的資産のデジタル化と、アルゴリズムによる取引自動化という2つのベクトルによって形作られてきました。2020年〜2024年にかけてDeFiが登場し、パーミッションレスかつグローバルな価値移転の仕組みが形成されました。同時に、大規模言語モデルや生成系AIの進化によって、機械による推論や状況把握、タスク実行の水準も大きく向上しました。
そして2026年第一四半期、これら二つの技術ベクトルが交差し、まったく新しい経済パラダイム「エージェンティック・ファイナンス(AgentFi)」が誕生しました。
エージェンティック・ファイナンスは、人間主体の金融システムから、マシンが主導する自律分散経済への歴史的転換を象徴します。これは自律型AIエージェントによる金融活動の本格的な実装です。従来のルールベースなアルゴリズム取引や単なるチャットボットとは異なり、AgentFiのエージェントは動的推論能力、暗号資産ウォレット、複雑なマルチステップ戦略を自律的かつリアルタイムで実行する力を持っています。
本レポートではAgentic Financeの基礎アーキテクチャ、急速な発展を促したマクロ経済・技術的要因、主要プロトコルと市場動向、定量戦略の民主化やMEVの中立化、新たなアセットクラス創出、そしてWall StreetやWeb3界隈の視点から見たリスク評価まで、包括的・中立的に分析します。
パート1:本質的な変革 ― エージェンティック・ファイナンスの定義
AgentFiを理解するには、従来型のアルゴリズム取引やグリッドボット、AMM(自動マーケットメイカー)の定義から脱却する必要があります。
アルゴリズムから自律的エージェントへの進化
従来のHFTアルゴやDeFiアービトラージボットは、「A取引所でX条件が成立→BでY注文実行」という決定的なロジックツリーで動いていました。高速ですが、僅かな市場変化やスマートコントラクトのアップデート、流動性の急減などで簡単に破綻します。文脈把握や柔軟な推論はできません。
エージェンティック・ファイナンスは、この実行層に推論や意図・自律性を導入します。2026年の自律型金融エージェントは、先進的な基盤モデル(Claude 3.5やGPT-5クラス、オンチェーンデータで最適化された金融特化モデルなど)で動いています。
エージェントは以下の能力を持ちます:
- 定性的・定量的データの統合分析:最新の規制発表、リアルタイムのオンチェーン資本フロー、ソーシャルメディア上の市場センチメントを並行して解析。
- 動的な戦略立案:分析結果に基づき、人間による明示的なコーディングなしに最適戦略を自律策定。
- 自律的な執行・ポートフォリオ管理:自身の暗号ウォレットで資本を運用、Layer2間で流動性を安全にルーティングし、パーペチュアル先物でヘッジも自動化。
AgentFiアクターの構成要素
2026年の市場における完全な金融エージェントは、4つのコア構成から成ります:
- 頭脳(認知エンジン):LLMやSLMによる意図解析、リスク評価、戦略立案、確率的意思決定
- 感覚(データ基盤):分散型オラクルネットワークやブロックチェーンインデクサ、Web2 APIスクレイパー等とリアルタイム連携
- 手(執行・管理):ERC-4337アカウント抽象化型スマートコントラクトウォレット。エージェント自身が資本を保持し、ガス代を支払い、トランザクションに署名
- 信頼レイヤー(検証・セキュリティ):Trusted Execution EnvironmentsやzkML等の暗号証明で、取引ロジックの正当性や改ざんのなさを数理的に証明
まとめると、AgentFiでは資本配分・リスク管理・ポートフォリオ運用がソフトウェアエージェントへ完全にアウトソースされ、ブロックチェーンネイティブに連携します。
パート2:誕生の背景 ― なぜAgentFiは今出現したのか
AIを活用した取引自体は新しい概念ではありません。Renaissance TechnologiesやTwo Sigmaといったクオンツファンドは長年、機械学習を利用してきました。しかし、AIが独立したエンティティとして自己管理的に金融活動を行う「Agentic Finance」は、2025~2026年の特定の技術的・経済的条件が揃って初めて実現しました。その主な要因は3つです:
1. 人間の認知限界(流動性分断の危機)
2025年にはEthereumのLayer2&Layer3ロールアップや高性能EVM、SolanaやAptos等の代替L1により、流動性は数百のチェーンやブリッジ、DEXに分断されました。数百万ドル規模のスワップを最適化しつつ、ブリッジ遅延・スリッページ・ガス代まで同時に管理するのは人間にはもはや困難です。
市場は抽象化レイヤーを求め、AgentFiがこのボトルネックを解決しました。ユーザーは「100ETHをArbitrumから安全な6%以上の利回りプロトコルに送り、下落リスクをヘッジ」という意図を自然言語で伝えるだけで、エージェントが数十のプロトコルをまたいで実行を自動化します。
2. エージェンティックAIモデルとツールコールの成熟
初期のLLMはハルシネーションが多く、金融用途には不向きでした。しかし2024年後半以降に登場したモデルは、推論やマルチステップ計画、API連携機能を強化。MCPやA2A標準により、外部金融ツールとの安全な連携、スマートコントラクトコードの解析と論理検証が可能となりました。
3. サブセント級オンチェーン計算・決済
AgentFiは高頻度な通信、交渉、マイクロトランザクションを必要とします。従来の高額なガス代では実現不可能でしたが、EIP-4844やSolana等の高スループットチェーンの発展により、トランザクションコストが大幅に低減。これがマシン同士の取引経済の基盤となりました。
パート3:2026年のAgentFiランドスケープ ― セクターごとの分析
実際のユースケースを理解するため、Cambrianのマッピングによる2026年のAgentic Financeランドスケープを基に、主要セクターに分類します。
第1象限:取引・ポートフォリオ最適化エージェント
最も利用が多く、重要なセクターです。個人・機関双方のポートフォリオ運用と執行を自動化。
- 代表的プロトコル:Askjimmy, HeyAnon, Wayfinder, Velvet Capital, Olas, Mode Network, Bankr, Glider, Agent Hustle, Surf, HeyElsa, Elfa, Ethy, Symphony, Cod3x, Butler, Fere, Minara, Milo
- 仕組み:WayfinderやOlasは経路最適化の基盤、Velvet CapitalやMode Networkはポートフォリオの構築・管理・トークン化インフラを提供。
- ユーザーへの影響:トレーダーはエージェントがリスクパラメータを監視し、必要時に自動でリバランス、資金移動、イールド運用まで実行します。
第2象限:イールドエージェント
資本効率・流動性提供・金利アービトラージ特化のセクター。
- 代表的プロトコル:ARMA by Giza, Arrakis, Superform, AFI, Reflect, Axal, DeFi Saver, Lulo, Mamo, ZyFAI, Sail, Pendle, Almanak, Kamino, Infinit, Surf Liquid
- 仕組み:ArrakisやKaminoは高精度な流動性管理、Superformはクロスチェーンイールド、Pendleは将来利回りのトークン化と取引を可能にします。
- ユーザーへの影響:機関投資家はエージェントを活用し、イールドファーミング戦略の自動最適化やクロスチェーン運用を実現します。
第3象限:センチメント・ファンダメンタル・ニュース・テクニカル分析エージェント
市場の「感覚器官」として、データ解析とインテリジェンスを提供。
- 代表的プロトコル:aixbt, Deep42, Messari Copilot, LlamaAi (DefiLlama)
- 仕組み:aixbtはソーシャル分析、LlamaAiやMessari Copilotはオンチェーンデータ解析を担います。取引エージェントはAPI経由でこれらのデータを参照します。
第4象限:予測・ベッティングエージェント
確率論や情報アービトラージ分野に特化したニッチ領域。
- 代表的プロトコル:Sire, Billy Bets
- 仕組み:政治・スポーツニュースなど外部データを解析し、分散型予測市場での価格歪みを捉えて自動ベット。
パート4:トレーダーへの影響とアルファ創出の変革
従来のクオンツ戦略やMEV抽出は大手ファンドの専業領域でしたが、AgentFiはこれを民主化。個人でもAIエージェントを使い、Wall Street水準の戦略を展開可能となります。
1. クオンツデスクの民主化
Pythonスクリプト不要で、エージェントが取引ロジック生成、鍵管理、24/7自動執行まで担います。
2. 高度なリスク管理と守り(センチネルエージェント)
SNSやメンブール監視、ウォレット監視などを自動化し、ハッキングや異常時には即時資金移動などの対応が可能です。
3. 有害MEVの中立化と「保護スウォーム」の台頭
大口スワップ時に前面に出てきたサンドイッチ攻撃などに対し、取引エージェントが分割暗号化発注やダークプール交渉を自律実行し、個人にも機関並みの執行品質を提供します。
4. 「エージェンティック・イールド」の新アセットクラス化(AIO)
エージェント自体のパフォーマンスを分析し、トークン化されたAIOで収益分配を受けるなど、新たなアルファ創出手段が生まれています。
パート5:AgentFiと暗号資産の不可分な関係
AIエージェントは従来型金融(TradFi)では本人確認やAPI制限、決済遅延などの壁から実用化が困難です。一方、パブリックブロックチェーンは機械のために設計されており、ウォレット生成・プログラマブルマネー・即時決済が可能です。
逆に、Web3業界もAgentFiの普及で複雑な取引UXの抽象化や、基礎的な取引ボリューム・ユーティリティの増加によるインフラ価値の正当化が期待されています。
パート6:市場センチメント・規制動向・システミックリスク
VCやクリプトネイティブファンドはAgentFiへの投資を加速し、市場の効率化・民主化を期待する一方、伝統的金融・規制当局はシステミックリスクや責任所在の曖昧さを懸念しています。
- フラッシュクラッシュのリスク:AIエージェントによる誤認や同時反応で、流動性真空や大規模清算が発生する可能性があります。
- 論理のハルシネーション:モデルの誤認識により非合理な執行が発生しうる点も課題です。
- 責任の空白:AIエージェントによる自律的な行動の責任所在が不透明であり、規制面での議論が必要です。
結論:マシン経済の不可避な到来
Agentic Financeの登場は、資本市場の新たな転換点です。デジタルマネー=情報であり、AIはその最適処理者となります。今後10年、意図中心の取引パラダイムに適応し、エージェントを活用する者が金融市場をリードしていくでしょう。AgentFiはもはや理論ではなく、実際にオンチェーンで稼働・最適化され続けています。自律的マシン経済への移行は、すでに始まっています。



