
テレンス・クウォックは2010年代初頭、香港でホテル客室用の無料スマートフォンを提供するスタートアップを立ち上げました。この事業は数億ドルを調達しながらも、最終的に頓挫しました。2024年、彼はHumanity Protocolというパーム認証型の本人証明ネットワークを立ち上げ、Worldcoinの競合として注目されました。しかし2026年6月9日、約3,600万ドルの資金がプロジェクトから流出し、トークン価値は約89%下落。クウォック氏はこの事件後初のインタビューで、今後のAI事業への再構築計画を語りました。
テレンス・クウォックの経歴、Tink Labsでの経験、本人証明事業への転身理由、そしてハッキングとAI転換がプロジェクトに与える意味について解説します。
ホテル向けスマートフォンからブロックチェーンまで 〜テレンス・クウォックとは
テレンス・クウォックは香港出身の起業家です。シカゴ大学の経済学部を中退して、19歳で最初の会社を創業しました。2012年に設立したTink Labsは、"Handy"というホテル滞在者向けスマートフォンを展開。宿泊者は現地通話・データ・ガイドを無料で利用でき、Tink Labsはそのデータを活用しました。
このビジネスモデルは多額の資金を集め、SoftBankをはじめとする投資家から出資を受け、クウォック氏が30歳になる前にユニコーン評価に達しました。しかし、ハードウェアコストや運営負担が大きく、データの収益化もうまくいかなかったため、2019年半ばには人員削減と事業縮小に追い込まれ、2020年初頭には清算手続きに入っています。
多くの投資家がクウォック氏の新事業をこのTink Labsでの経験を踏まえて評価しています。下記はHandyからHumanity Protocolまでの主な年表です。
| 年 | 主要マイルストーン |
|---|---|
| 2012年 | 19歳で香港にてTink Labs(Handy)を創業 |
| 2015-2018年 | SoftBankなどの投資家支援のもと、ホテル向けHandyスマホを世界展開 |
| 2019年 | Tink Labsが人員削減・グローバル事業縮小を開始 |
| 2020年 | Tink Labsが正式に清算手続きへ |
| 2024年 | パーム認証型Human IDを搭載した本人証明ネットワークHumanity Protocolをローンチ |
| 2026年6月 | ハッキングにより約3,600万ドル流出・トークン価格が約89%下落 |
| 2026年7月 | クウォック氏がエンタープライズAI事業への転換を正式表明 |
Tink Labsの経験から、クウォック氏は資本集約度や単位経済性の重要性を学び、それをソフトウェア・アイデンティティ重視の新事業に活かそうとしています。しかし、その教訓が本当に活かされているかは依然として問われています。
Humanity Protocol設立とProof of Personhood(本人証明)への挑戦
Humanity Protocolは2024年にステルスから登場。Animoca Brands、Blockchain.com、Polygon Labsなどから約3,000万ドルの資金を調達しました。主力製品はHuman IDで、虹彩ではなく手のひらの静脈パターンをスキャンして唯一の生体認証を確立します。チェーン自体はEthereum互換で、開発者は既存のスマートコントラクトツールを移植可能。ネイティブトークンは、認証やネットワーク利用料の支払いに使われます。
Proof of personhood(本人証明)は、本プロジェクトの根幹です。ボットやAIエージェントがネットを席巻する中、アカウント背後の「本物の人間」である証明はエアドロップや投票、不正防止まで多くの用途で重要性を増しています。Sybil攻撃(1人が大量の偽IDを作成して報酬を獲得する行為)はDeFiプロトコルやトークン配布で大きな課題であり、信頼できる本人証明は有効な防御策の一つです。クウォック氏はHumanity ProtocolをWorldcoinより「親しみやすい代替案」として位置づけ、虹彩より手のひら認証の方が一般ユーザーに受け入れやすいと主張しています。
この挑戦は野心的です。世界規模のID基盤を構築するには、数百万人規模の生体認証登録と開発者への信頼獲得、大規模な資金とユーザー信頼の集中管理が必要。そのストーリーが転機を迎えたのが2026年6月でした。
3,600万ドル流出ハッキングがもたらした転換点
2026年6月9日、Humanity Protocolは約3,600万ドルの資金流出被害を受けました。クウォック氏によれば、スマートコントラクトの脆弱性ではなく、開発者のラップトップに仕込まれたマルウェアが端末内の秘密鍵を漏洩させ、攻撃者がトレジャリー資金を引き出したとのことです。この影響でトークン価格は数日で約89%下落しました。
単一端末の秘密鍵流出は、今年頻発しているオンチェーン攻撃の典型的なパターンであり、監査済みSolidityコードでも保護できません。クウォック氏は、資金回収の見込みは低いと認め、長期化・成果の見込めない追跡より前向きな再スタートを選択したと説明しています。また、「内部関与によるラグプル」との指摘については強く否定し、トークン売却や内部犯行ではなく、明確な外部からの盗難による下落だと主張しました。保持者にとっては、コントラクトバグであれ端末流出であれ、損失の事実は変わりません。
AI事業への転換を決めた背景
インタビューで最も明確になったのは、クウォック氏が本質的価値をどこに見ているかです。実はハッキング以前から6〜9カ月間、プロジェクト方向性の見直しを進めており、今回の事件は決断を加速させる契機となりました。今後Humanity Protocolは、ブロックチェーンや分散型IDとしてではなく、企業向けAI市場に焦点を当てたプロダクトやサービス開発をメインに掲げる方針です。
この転換には理由があります。Proof of personhoodとAIは急速に融合しつつあり、偽アカウント生成が容易になる一方で、「認証済み人間データ」の企業価値が高まっています。エンタープライズ向けAIエージェントがオンライン取引や認証を担う時代に、取引相手が本物の人間かどうかを判別する仕組みが求められており、クウォック氏はトークン主導型IDネットワークではなく、直接この需要に応える方向へ舵を切っています。
とはいえ、エンタープライズAI分野は競争が激しく、巨額損失からの信頼回復は困難です。市場に対して「本当に顧客を獲得できるのか」が問われています。
なぜ今テレンス・クウォックに注目すべきか
クウォック氏のキャリアは、ビジョンと現実的な運営のギャップに何度も直面してきました。Tink Labsは大規模調達の末に経済性の壁で頓挫し、Humanity Protocolは有望なアイデンティティ技術を築きながら、端末からの資金流出という課題に直面しました。重要なのは「構想」そのものよりも「実行」フェーズです。
また、AIが普及するインターネット社会で「人間認証」は今後ますます重要となり、クウォック氏は生体認証技術・展開ストーリーの両面で競合にない優位性を持ちます。もしAI事業転換によって実際に顧客を獲得できれば、今回のハッキングも再起の一章となり得ます。失敗すれば、2度目の「大規模調達から実益転換できず」の事例となるでしょう。両方の可能性が共存している今だからこそ注目されています。
よくある質問
Humanity Protocolの創設者は誰ですか?
香港の起業家テレンス・クウォック氏が創設者兼CEOです。暗号資産分野参入前は、SoftBankなどが出資したホテル向けスマートフォンHandyを展開するTink Labsを設立・運営していました(2020年清算)。
Humanity Protocolのトークンは何が起きましたか?
2026年6月9日の約3,600万ドル流出事件で、トークン価格は約89%下落しました。クウォック氏はマルウェアによる秘密鍵流出であり、スマートコントラクトのバグではないと説明しています。資金回収の見込みは低いとのことです。
Tink Labsとは何ですか?
Tink Labsは2012年にクウォック氏が設立した香港発のテクノロジー企業で、ホテル滞在者向けに無料通話・データ・ガイド付きスマートフォン「Handy」を提供していました。大規模出資でユニコーンとなりましたが、経済性の壁により2019年に事業縮小、2020年に清算されました。
Humanity ProtocolはWorldcoinの競合ですか?
両プロジェクトとも本人証明システムを構築していますが、Humanity Protocolは手のひら静脈スキャン型のHuman IDを採用、Worldcoinは虹彩スキャンを用いています。クウォック氏は手のひら認証の方が一般普及しやすいと主張しています。
まとめ
テレンス・クウォック氏は、大規模な資金調達と厳しい現実に直面してきた起業家です。Humanity Protocolは3,600万ドル流出と約89%のトークン下落で信頼が大きく揺らぎましたが、AI事業転換を通じて、AI企業からの「認証済み人間データ」需要に応えられるかが今後のカギとなります。実際のエンタープライズ収益が生まれるかに注目が集まります。なお、ビットコインは約64,042ドルで推移し、資本はAI関連分野に流入しています。Tink Labs時代からの問いは今も変わらず、「追い風を実益へつなげられるか」です。
本記事は情報提供のみを目的としており、金融アドバイスや投資推奨ではありません。暗号資産取引にはリスクが伴います。必ずご自身で調査の上、ご判断ください。
